2013年7月20日土曜日

鹿島茂『情念戦争』

前回は「情念」についてであったが、この「情念」が具体的に爆発するとどういうことになるのか。それが結構オモシロイのである。鹿島茂の掲題の本を読めばわかる。帯にはこうある:
ナポレオンの熱狂情念。タレーランの移り気情念。フーシェの陰謀情念。
三つのパッションがであったとき、世界史は動き出した!
月刊「PLAYBOY」誌に連載されたもので、とても読みやすく、内容も適度にきわどくどぎつく、史実も詳しく、とても勉強になった。まさに鹿島茂節全開。頗る妙。

情念戦争

ナポレオンの熱狂情念はよく知られているところ。灼熱のアフリカから極寒のロシアまでの戦場で、300万人に上るフランス人兵士を死なせてしまってもナポレオンの熱狂情念はおさまらない。そんな皇帝のエルバ島からの帰還を「皇帝万歳」と叫んで迎えた当時のフランス人も皆この熱狂情念に燃えていたのだろう。げに恐ろしきものは原理主義ナショナリズム。

タレーランの情念はこれとはかなり異なる。名門貴族で、放蕩の限りを尽くし、せっせと収賄とインサイダー取引で蓄財に励み〔なんせ外務大臣だったから条約締結前にその国の国債を売り買いすれば馬鹿みたいに儲かった。おまけに敵国のスパイとなって報酬をせしめていた〕、しかしながら抜群の外交的才能でもってフランスに多大の利益をもたらし、自分の親玉に将来性がないと知るや否や次の「当て馬」に乗り換え(なにせ革命後のすべての政変で皇帝、国王のキングメーカーとなった)、かくして長い政治生命と物理的長寿を全うしたタレーランの情念は「移り気情念」と言うらしい。鹿島茂はかなりこの人に肩入れをしている。性格が似ているからであろう。

フーシェはタレーランと全く異なりすこぶる謹厳実直な堅物。趣味も理想も持っていない。ただあるのはものすごい生存本能。革命後に吹き荒れたロベスピエールのギロチンの嵐もいつもすれすれですり抜け、ルイ16世の処刑では決定的な賛成票を投じたり(彼の一票で処刑が決まった)逮捕した王党派を大砲の葡萄弾で「能率的に」大量処刑するなどめちゃくちゃをやりながら〔これらすべて彼の保身のためというのだから恐れ入る〕、自分を中心とした巨大な私的スパイ網を築き上げて〔なんせナポレオンの愛妻ジョセフィーヌまでがフーシェの情報源だった〕みんなの弱みを掴むことで、王政復古の時代まで政治生命を失わなかったのである。彼のは「陰謀情念」と言うらしい。

この三人の「情念」が絡み合ってヨーロッパを爆発させる。とにかく面白い。来るべき21世紀の乱世を生き抜く上でもとても参考になる。若い人は読んでおくべきであろう。

圧巻はナポレオン戦争で敗戦国となったフランスから一人オブザーバーの資格でウィーン会議に乗り込んだタレーランの活躍ぶり。会議での発言権はないものの列強の利害対立を巧みに利用し「ナポレオン戦争はナポレオン一人のせい。フランス王家は革命の被害者である、ルイ18世のフランスは革命で失ったものを取り戻す権利がある」といってあれだけ悲惨な戦争を引き起こしたにもかかわらず、フランスは戦争賠償金は一銭も払わず、逆に領土を広げることに成功するのだ。廊下鳶(ろうかとんび)・耳打ち外交だけで。

タレーランがウィーンにフランスの高名な料理人を連れて行き毎晩うまいものを客に振る舞ったことも成功の要因だったらしい。各国代表はおフランス料理にコロッとやられてしまった。世界一流の文化とはときとして大砲よりも有効な武器となるのである。

0 件のコメント: